1978年4月 キャンディーズ解散の日、上京した久雄の一日を始まりに、
1980年12月 ジョン・レノンが射殺された日の久雄、
1985年1月 新日鉄釜石が七連覇し、北の湖が引退した日の久雄、
1989年11月 ベルリンの壁が崩壊した日の久雄・・・等々
ひとりの男性が大きく変わる10年間を、世の中が揺れたある一日を切り取ることによって
彼がどう生きてきたかを示しています。
この時代の風俗や事件を知っている人にとっては懐かしいキーワードのオンパレード。
でも次々に出てくるキーワードを知らないからといって、
必ずしもこの青春物語が理解できないということはないでしょう。
なぜなら、年は違うけれど、まさしくこの時代をリアルタイムで過ごしてきた私でも
こんな小説のような(忘れてしまいそうになるが、これは物語なのだ)
ジェットコースター的な毎日を送っていた訳ではないし、
東京暮らし(田舎から出てくるというシチュエーションが大事)の経験はないし、
私は男の子じゃないし。
それなのに奥田さんの描写の細やかさ、丁寧さによって
久雄のセリフや行動や思いが自分の体験のように入ってくる。
もうすぐ30才になろうとする久雄が友人たちと集まった時のこと、
ベルリンの壁崩壊のニュースを見ながらこう言います。
「青春は終わり 人生は始まる」
男のセリフですね。
ただ、人生は始っても、青春は終わるとは限らないとは思いますが(笑
年を取った久雄がもし一番懐かしく昔を思い出すとしたら、この10年間かもしれません。
最初は初々しかった彼も、恐いもの知らずで、若くて仕事ができると褒められ、天狗になったり、
バブルの波にちゃっかり乗ったり、やもすれば嫌味な奴になってしまいそうなのに、
なぜ読み手に愛されるのか。
きっと、周りがうかれていても壊さないように大切にしている夢があるから。
夢という言葉が大袈裟ならば、守られている純粋さがあるから。
何によって守られているか。
それは、自分自身を大事にする気持ちでしょう。
たとえキャンディーズ解散のニュースを見ていなくても、
あの人が引退した時にこういうことがあったなあ、とか
あの時この曲が流行っていたなあ、とか
もちろんそんなことはいくつになっても、年齢を重ねてもあるのだけれど、
やはり18才から29才の間には、この時期のために作られた特別な記憶の部屋があって
そこに保管された経験の記憶には大切に守っていくべきものが
たくさん詰まっているんじゃないかと思うのです。
とてもいい本でした。
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